2006年3月1日~16日 九州自転車旅行 Part3 高千穂~椎葉村~不土野峠~人吉
2006年、大学サイクリングクラブの九州地方合宿のツーリング写真。大学のサイクリングクラブ部員が写っている写真は割愛または修正する。
持っていったコンパクトデジタルカメラが九州についた瞬間壊れてしまったため、すべてフィルムカメラで撮影。
使用カメラは、PENTAX LX + TEFNON 28mm F2.8。
2006年3月4日 宮崎県高千穂町~椎葉村
道の駅高千穂で野宿し起床。
高千穂の街並み。カラオケレインボー。
高千穂市街地から天岩戸神社へ向かった。高千穂の景色は、まさに高天原としか言いようのない素晴らしい眺めだった。
天岩戸神社へ。
天岩戸。
なぜ撮ったかわからないような構図の写真だが、この写真のおかげで宮崎カメラに立ち寄ったことが分かった。当初の予定ではデジカメで写真を撮るつもりだったが故障してしまいフィルムカメラしかなくなってしまったため、宮崎カメラ高千穂店でカラーフィルムを購入した。たしかコニカの業務用フィルムで、10本で1,000円くらいだった。
高千穂神社。
国道218号線の神都高千穂大橋。
とにかく景色がよい。
椎葉村へ向かう。国道218号。
さて、前日は五ヶ瀬川で高千穂鉄道の崩落した橋を見たが、椎葉村へ向かう国道も2005年の台風被害でそこら中が崩落していた。国道265号に入り椎葉村へ。
国道265から見えた牛を飼っている牧場。
国道265号国見トンネル。崩落で閉鎖されていたがそのまま進んだ。
通行止めの柵。
自転車が通行できる幅はあったので通してもらった。
仮橋。どうやら崩落個所を対岸に迂回しているようだ。
国道265号線の崩落を直している。
片側交互通行。
さて、宮崎県椎葉村についた。このように台風の被害を受けていた。
椎葉そばの店?
これは椎葉村の中心部対岸の崩落。
さて、椎葉村の中心部。いま思えばよくやったなと思うのだが、中心部の公園にテントを張って寝た。
椎葉村の景色。
2006年3月5日 宮崎県椎葉村~熊本県人吉市
椎葉村を出発。さて、椎葉村に来たということは、九州でもっとも標高の高い椎矢峠に行きたかったのだが、椎矢峠は崩落で行けないことが判明した。
この分岐を右に行くと椎矢峠だったはずなのだが、諦めて人吉方面へ向かった。
人吉方面へ向かう道も派手に崩れていた。これはおそらく国道265号が河川敷の仮設道路を経由していた箇所。
崩落を直している。
標高が高く、水面が凍っていた。
氷を割ってしまった。
現役の丸ポスト。
崩落した国道か県道。
宮崎県道・熊本県道142号上椎葉湯前線を不土野峠へ向かう。この赤い橋はそのものずばり奥椎葉橋という名前らしく、不土野峠について言及する記事ではよく見かける。
不土野峠についた。宮崎県椎葉村と熊本県水上村の境。
これは熊本県水上村の生善院(猫寺)というお寺らしい。
林道日当線開通記念碑。おそらく菊池人吉大規模林道へ向かう途中で経由したのだろう。
さて、菊池人吉大規模林道に向かった。ここには「アポロ峠」という謎地名があり、ツーリングマップルに掲載されていた。
アポロ峠は稜線上の林道にある峠なので、あまり峠感はなかった。
このあと人吉へ向かった。人吉では偶然大学サイクリングクラブの先輩と会い、2人で人吉駅前のカラオケ店に入り朝まで過ごした。
2006年3月6日 鉄道移動日 熊本県人吉~鹿児島県鹿児島市~宮崎県小林市
人吉駅前のカラオケ店で、大学サイクリングクラブクラブの先輩と夜を明かした。
さて、この日は自転車を分解しひたすら鉄道移動する。というのが、大学の成績発表を見る必要があるのだが、最寄りのネットカフェが鹿児島だった。当時はガラケーの時代で、インターネットを見るにはネカフェに入る必要があった。
人吉駅から始発の吉松行に乗る。キハ31。日本三大車窓の区間だが、たしか真っ暗だった。この区間は2026年現在災害で不通だが、おそらくもう復旧することはないだろう。
観光列車の「いさぶろう・しんぺい」号。キハ140。
隼人駅に着いた。普通にキハ58がいる。
西鹿児島駅についた。西鹿児島駅前の「若き薩摩の群像」。
大久保利通像。
鹿児島市の街並み。
西郷隆盛像。
天気が悪くほとんど見えないが、桜島。
ふたたび鹿児島の街並み。
鹿児島中央駅。結局、鹿児島中央駅前のネカフェで成績を確認できた。
鹿児島では、市内の自転車店を調べて向かったところ、大学サイクリングクラブの同級生が自転車を修理していた。
写真はないが、このあと日豊本線~肥薩線~吉都線で宮崎県の小林駅へ向かい、大学サイクリングクラブの同級生と合流した。
2026年1月18日記事公開
このページは2026年1月27日に、https://scuravr.github.io/からコンテンツを移動したものです。
